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スマホのディスプレイに電話番号を表示させたままそれを凝視する。
ずっと考えていた事だった。
そして今心を決めた。
その時脳裏に浮かんだのは誰よりも大切に想っているバカ正直な少女。彼女に恥ずかしくない自分でいたいと思ったのだ。
大きく息を吸って、吐く瞬間に通話を押した。スマホは呼び出し音を鳴らす。心拍数が上がり、掌が汗ばんでくる。
そんな時呼び出し音が途切れて相手の声が聞こえた。
「帝都大学、丘辺です。」
重厚な扉をノックした。
「どうぞ。」
鼓膜を揺らした声は記憶にあるよりも少し頼りなく聞こえた。
ドアノブを掴もうとする指先が震えている。それを抑え込む為強くドアノブを握り締めてゆっくりと開ける。
久しぶりに訪れた部屋の中は明るい午後の光が差し込んでいる。そこに俺の恩師丘辺教授の姿があった。
最後に会った時よりも痩せた。白髪は元々だが、顔の皺が以前より深くなっている。
しかし醸し出す独特の雰囲気は変わらない。人を簡単に懐に立ち入らせないようなオーラ。
俺は頭の中で必死に言葉を探していた。
先生の顔を見た途端言葉は霧消してしまっていた。
伝えなくてはいけない事がたくさんある筈なのに。
「申し訳ありませんでした。」
真っ先に出た言葉は当然ながら謝罪の言葉。
俺は足の爪先を見つめた。
いくら謝っても足りない。
俺は先生を騙し、事件を起こし、その経歴に傷をつけた。
犯罪心理学の権威である丘辺教授の教え子の起こした犯罪。
きっと先生の所にも取材が殺到したり、ジャーナリストが詰めかけただろう。
あの時は周囲の人達の事なんて考えられなかった。
母の復讐と言う名目だが自己嫌悪の結果があの事件だ。
裁かれる事も、罪を背負う事も、罰を受ける事も自分だけ。
そう愚かな自分は思い込んでいた。
「頭を上げて下さい、秋山君。」
静かな先生の声が部屋に響く。
緩慢な動作で顔を上げた。
罪悪感と言う言葉では足りない重く苦しい感情は先生を直視する事さえも難しくする。
ここから逃げ出してしまいたい。
そんな事さえ頭に巡った。
その時
鮮やかに浮かんだカンザキナオの顔。それは最後に見たあの美しい笑顔だった。
離れた今もまだ俺は彼女に救われている。
…もう大丈夫だ。
彼女の笑顔に背中を押されて、初めて先生と視線を合わせた。風のない湖面のように深い色を湛えた瞳に自分が見える。
暫くして丘辺教授は微笑した。
それは在学中でも数回しか見た事のない表情。まして裏切った自分が見られる表情ではないはずだった。
低い、芯の通った声が俺に話かけた。
「今の君はあの時とは違いますね。警察に逮捕された時の君は見ているだけで惨憺とした気持ちにさせられました。」
「御迷惑、御心配おかけしました。」
「いいえ。もう心配などしていません。君は今迷いはないでしょう?顔を見ればわかります。」
「はい。」
カンザキナオの顔を思い浮かべた後は自分でも驚く程落ち着いている。
なぁ、カンザキナオ。
俺から断ち切った信頼の絆をまた結び直す事もできるよな?
凪いだ海のように穏やかに俺は話し始めた。
「刑務所を出てすぐにバカ正直な女の子に会いました。泣き虫で、誰でも簡単に信じて騙される。そんな彼女に腹が立った。」
「自分にはできなくなった事だからですか?」
「それもあります。でも一緒にいるうちに守ってやりたくなっていました。彼女がもう泣かないように。
そんな時に『人を信じる事は疑う事』という先生の言葉を思い出しました。この言葉が彼女の助けになると思って。
ずっと彼女を自分が守っているんだと思っていました。
でも違った。
守られていたのも、救われたのも俺だったんです。」
「今君がここにいるのは彼女のおかげなんですね。」
「はい。彼女に恥ずかしくない生き方をしたいんです。だから先生に…。」
「秋山君。」
ずっと俺の話を聞いていた先生が話を遮った。
こんな事はあまりない。驚いて先生を注視する。
眉間に深い皺が寄り、痛みを耐えるような表情をして少し躊躇いがちに口を開いた。
「私は犯罪心理学の権威だと言われている。しかし私は君が犯罪を犯し、逮捕されるまでなにもできなかった。指導教官として、心理学者として自分を恥じたよ。君の変化もわかっていたのに。疑う事を。信じる事をしなかった。」
「先生…。」
「私が大学に残っているのも君に謝りたかったからだ。本当に済まなかった。」
深く深く頭を下げる丘辺教授。語られた懺悔の言葉。その姿に呆然とする。
「君は私の贖いを求めないだろう。しかし私は君に裁かれなければならない。君を止められなかった犯罪心理学者丘辺雪也として。」
俺はやはり罪深い。
恩師にも重い罪の意識を背負わせて。
大学に残る事だってきっと楽な道ではなかった筈なのに。
「俺には裁くとか許すなんて権利はありません。先生にそんな思いをさせているのも俺の罪です。」
「秋山君。」
「先生には感謝こそすれ、憎んだりする事なんてありません。」
先生は顔を上げた。会話が途切れ、沈黙が部屋に流れる。
ここに来る時に決めたのだ。
全てを受け入れるという事を。
事件に関する罪も罰も。
そして前に向かって歩き出すように。
その為の勇気を彼女がくれたのだから。
「君は以前より強くしなやかになりましたね。」
ポツリと先生が呟いた。
窓の外は夕景に変化して、オレンジ色の光が部屋を染めた。
「ポキリと折れてしまいそうな強さから、柔らかさを合わせ持った強さを感じます。」
「彼女の…。カンザキナオの影響だと思います。」
「大切な人に出逢えたんですね。」
「はい。」
ぎこちない微笑みを見せる俺を見て先生も少し笑ったようだった。そして部屋の空気を変えるように話出す。
「今度新しいプロジェクトを立ち上げようと考えています。それに是非君に参加してもらいたい。」
「俺にですか?!」
「はい。このプロジェクトが浮かんだ時にパートナーにするなら君以外いないと思いました。後日資料を送りますから目を通してから返事を下さい。」
「いえ、是非参加させて下さい。」
先生の申し出に俺は迷う事なくyesを返した。
それは償いの気持ちなどではなく、純粋に心理学に再び携わる事ができる喜びだった。
「では、よろしくお願いします秋山君。」
「こちらこそ、よろしくお願い致します。」
自然と右手を差し出して握手をした。
大切な人の手はいつも自分を温めてくれる。
そう思った。
暫くしてプロジェクトの資料が部屋に届いた。
それから俺は勉強し直す為に丘辺教授の所に通っていたが、助手という形で大学に勤務する事になった。
「カンザキナオと言う女の子が犯罪心理学を専攻したいと入学しますよ。」
「え…?」
四月に入ったある日先生の口から発せられた言葉。それを理解するまでに時間を要した。その間俺はかなり間抜けな表情をしていたに違いない。
「彼女の指導を君にお願いするつもりです。」
「……。」
「これからここに来ますから指導教官として挨拶して下さい。私は用事があるので席を外します。」
「あ、先生…。」
部屋の主が出て行きパタンとドアが閉じる。俺は部屋に一人残された。
俺の思考はカンザキナオの事であっという間に占められて、嬉しさがじんわりと胸にこみ上げてくる。
トン トン トン
ドアが三回ノックされた。
「どうぞ。」
返事をし、ゆっくりと開くドアを見ている。
再び道が交わるまでもう少し…。
最終回捏造話
after story
side A
制作者様の後書き--------------------
最終回捏造話で進む道が分かれても、二人は出逢えたよ。という話を書きたかったんです。後はお互いの心の中にしっかりと相手の居場所があって、それに支えられているという事ですね。だから頑張れるし、辛い過去も乗り越えようと努力できる。そんな二人になってもらえたらいいなと思います。
直ちゃんsideの最後の言葉
道は再び交わった
もう離れる事がないように
手を繋ぎ
絆を結び
信じ合って生きていく
のが秋直の未来だと信じています。
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えへへ〜掲載させていただいちゃいましたv
前回のside Nの対になるお話です!
秋山事件がもたらした傷跡というものは、まだ現在進行形であると思います。
秋山さんは自分自身にふりかかるものは受け止めると思うのですが、はたして教授にご迷惑をかけてしまった事については、どう思っているのだろう??
考えると切なくなってしまうのですが、このSSで未来へむけて歩き出した秋山さんと教授を見ると救いを感じました!
直ちゃんとの出会いは秋山さんにとって…というのも気になる所ですよね。
人生を変える力があったと思います!
掲載許可ありがとうございました!
また次回作も期待しております〜〜〜vv