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***ありがたきいただきもの***

微妙な距離

2016年 8月
睦月さんにリクエストして書いていただきました!
ほんのり下ネタです






わずかな衣擦れの音に反応し、全身が強張る。けれど、しばらくの間の後で何も訪れることはないとわかり、直は小さく息をついてもう一度意識を眠りへ沈めようとした。

ベッドに入ってからどのくらい経ったろう。30分?いや、もう何時間も経っているかもしれない。緊張に身を縮み上がらせている直の背中には、確かな体温がある。彼の呼吸のリズムが背中越しに伝わってきて、隣にぴったりと寄り添う彼の存在を実感せずにはいられなかった。
そう、いま直は秋山と一つのベッドに入っていた。

なぜこんなことになったのかは、窓の外から時折聞こえる風の音と、ガラスを叩きつける雨粒が物語っている。

直が秋山の部屋へ訪れるのは珍しいことではない。悪夢のゲームが終わり日常を取り戻した彼女だったが、秋山とは頻繁に連絡を取り、顔を合わせていた。
二人を結ぶ信頼関係はかつての庇護する側と庇護対象ではなくなり、対等な男女と呼べるまでになっていた。けれど、その間に残った絆に名前をつけるのは非常に難しいことだった。

恋愛などとは超越したところでの絶対的な信頼が二人の間にはあったが、愛しいという感情が心の奥に存在していることには、お互いうすうす気づいたような気もする。けれど、かといって恋愛という新たな関係においそれと踏み出せるかというと、そうではない。
今の二人は、ほんのわずかな要素が混ざっただけで歪みが生じるような、何とも微妙で不安定な関係だった。

その安寧さに身を預けつつ、悠々と今日までを過ごしていたことを思い知る。
いつものように秋山の部屋を訪れた直だったが、予想外の出来事が起こったのだ。近づいているとニュースで聞いていた台風が、予想より早く上陸してしまったのだった。
帰りに帰れなくなり、やむなく直は泊まっていけと声をかけられた。
秋山の声はいつもと同じ、何の気無しの平坦なものだった。あまりに淡々としているのが逆に不自然な気もしたが、真相はわからない。直は誘われるがまま泊まることになった。

予備の布団などはない。秋山は床に寝ると言って聞かなかったが、やはり部屋の主がそれはまずいだろうという遠慮があり、二人でベッドで寝ようと誘ったのは直の方だった。
深い意図はなかったのだ。その時は。
誘った時に一瞬こわばった彼の表情を見て、ようやく直は自分の言動の大胆さに気づいた。

だが一度口にしてしまった以上引っ込みがつかなくなり、予想外にも秋山もそれを受け入れ、こんな状況になってしまったのだった。

正直秋山が何を思って申し出を受け入れたのか分からない。彼が何を考えているかなど、一度も分かったことなどないのだから。
直は目をきつく瞑り、シーツを握りしめる。けれど一向に眠気はやって来ず、焦れば焦るほどに感覚は鋭敏になり、わずかな物音や冷蔵庫の低い唸り声を拾ってしまい、寝るに寝られない。

直は諦めたように目を開けた。背中には彼の体がもつ熱がじんわりと伝わってきて、こんな状況で眠れるわけがなかった。
どうにも耐えきれず、直は緩慢な動作で起き上がると横たわる秋山の顔を見つめた。彼は安らかな表情で、規則正しい呼吸を立てている。
直は情けなさと羞恥に苛まれた。どうやら意識して眠れないのは自分だけらしい。

突然馬鹿馬鹿しくなり、直は再びベッドに潜り込むと今度こそ寝ようと目を瞑った。秋山に特に思うところはないのだと悟った瞬間、意外なほど肩の力が抜けて眠気が襲ってくる。この感じだと寝れそうだ。
時計の針が動く音だけが響く。体の感覚が鈍くなり、ついに意識を手放しそうになった時だった。

隣で眠っていた秋山がのそりと起き上がる。感じた違和感に直は意識が浮上するのを感じた。
背中を向けている彼は、ベッドから立ち上がろうとしているところだった。

「秋山、さん?」

離れていこうとする彼に、何を思ったか直は声をかけてしまった。眠る一歩手前だったからか、気だるげで掠れた声だった。
彼の動きが止まる。表情は見えないが、その背中がわずかに戦慄いたような気がして、直は訝しげに目を眇めた。

「……トイレ、行ってくる」

落ち着いた口調だったが、長くそばにいる直は言葉に滲んだ少しの違和感を感じ取った。彼は焦っていたり不安である時ほど平坦な話し方をする。直は身体を起こすとこんなことを言った。

「……あの、体調悪かったりします……?気分悪いですか?」
「うん?いや」
「本当ですか……?」

彼と向き合おうと秋山の身体に手を添えた時、彼に手を払われる。思わぬ対応にえ、と声が漏れた時、不安定な体勢だったためバランスを崩し、逆に寄りかかってしまった。

「あ、おい……」

気づいた彼がとっさに直を受け止め、抱き締められている形になる。秋山にしがみついた直だったが、あることに気づいた彼女は驚きのあまり、呻きとも悲鳴ともつかない奇妙な声が出てしまった。

どちらからも何も言えず、部屋に沈黙が訪れる。彼の下腹部に感じた違和感に、直は表情を硬くして顔を上げることすら出来なかった。

「あの……どいてもらっていい?」
「あっ、はっはい!すいません!」

沈黙を破ったのは秋山の方だった。直は声を裏返らせ慌てて秋山の身体から身をどかすと、気まずさに視線を彷徨わせる。顔なんて直視できないし、そもそも明かりは落ちているため表情なんて見えないが、あちらも気まずげな顔をしていることは容易に想像がついた。

眠気なんてとうにさめてしまった。
まだ寝ぼけているのかとも思ったが、彼の下腹部に感じた確かな熱はしっかりと存在を主張していて、これが夢なんかではないことを教えた。
声なんてかけずにここは見送るべきだったとか、なんで抱きついてしまったんだろうとか後悔はたくさんあったが、何より感じたのは驚きだった。

秋山は何事にも淡泊だった。何かに執着するどころか嗜好やこだわりなども特になく、その無頓着さは彼を浮世離れさせて見せた。俗物的な面が、全くと言っていいほどないのだ。
そのせいで、直はどこか彼に聖性に近いものを感じていた。そして、そう感じるたびに悲しさや寂しさを感じていた。
彼の欲望や執着など、人間らしい部分を感じてみたかった。

特に彼と性的な衝動は無縁のものに見えていたためか、直は驚きで固まっていた。
彼もその、そういうことに興味があるんだろうか。普通の男の人みたいな面があるのだろうか。
ようやく垣間見た彼の俗的な面に、直は感動に近いものを感じていた。

黙り込んだまま身じろぎひとつしない直に、ショックのあまり動けないと思ったのだろうか。秋山は珍しくその表情を不安と恐れに曇らせ、できる限り穏やかな声色で言葉を紡いだ。

「あの……ごめん……嫌だったよな。やっぱり俺、床で寝るから」
「え……!?あ、いや、大丈夫です、すいません、こちらこそなんか……」

ベッドの上に向かい合って座り、お互いに謝罪を続ける様は端から見ればかなりシュールかもしれない、と秋山は意外にも混乱している頭の隅で思った。
だが、彼女の口が次に放たれた言葉にさらに混乱は深まっていく。

「その、それに……嫌だなんて思わないので……!む、むしろ感動というか、嬉しいというか……」

上ずった声で告げられた言葉に、秋山は固まる。普段から予想の斜め上をついてくる彼女だが、今回ばかりは特にすごかった。

「え……?感動?」
「はい、その……秋山さんも普通の男の人だってわかって、安心したというか……」
「俺のこと何だと思ってたの……」

もしかして男と認識されていなかったのではという懸念が浮かび、秋山はすこし不機嫌そうに顔をひそめた。
年頃の女子と同じベッドで眠ることになり、しかもかねてより愛しいと思っていた相手ときたら、こうならない男などいないと思うのだが。

「あっ……いや、そうではなくて!その、秋山さんってそういうことに興味なさそうだったから……びっくりしちゃって」
「……誰だってこうなるだろ、好きなやつと同じベッドに入ってたら……」

呆れてぽろりと零した本音に、今度は直が目を丸くする番だった。目を見開くとぱちぱちと瞬きを繰り返し、その顔が朱に染まる。

「……え?」
「……誘われたのかなって、すこし思ったんだ。微妙な関係だったろ、俺たち。分からなかったから、一か八かで賭けてみることにした。君にその気にあったら運がいいし、なかったらそれもそれでいいし。それで緊張して同じベッドに入っても、君はすぐにシーツに潜り込んで寝てるし……」

嫌悪を感じてはいない直の反応に躊躇う必要はないと悟ったのか、秋山は種明かしを始めた。
直は呆然と彼の告白に聞き入りながら、今の状態をじれったく感じていたのは自分だけではなかったのだと悟る。

「この歳で緊張して眠れなかったんだぜ。笑えるよな」
「いや、わ、私も……!ずっと緊張しちゃってて、起きてた、ので……!」

自嘲する秋山に、直は自分もそうだったと言い募る。はじめから躊躇う必要などなかったのだ。
秋山はわずかに目をみはり、くすりと小さく笑いを漏らした。

「俺たち、似た者同士だったわけだな」
「そうですね」

彼の大きなてのひらが伸びてきて、愛おしげに直の頬を撫でる。彼が顔を寄せ、戯れのように額や頬に唇を落とすと、二人でくすくすと笑い合った。
耳の後ろをくすぐり始めた彼の指に、直はこの後の展開を思い描いて、一瞬動きを止めた。

「あの……秋山さん」
「ん?」
「今からするんですか……?」
「俺はそれでもいいけど?」

暗がりで見た彼の瞳は、見たこともないぎらついた光を宿していて。緊張に体がこわばり、恐れとわずかな期待に胸が震えるが、秋山はその相好を崩すと柔らかく微笑んだ。

「冗談。君の心の準備ができたら、たくさんしような」

優しく抱き寄せられ、彼の体温に直は身を預ける。名付けるのが難しいその絆に、また新たな要素が加わって。二人の間を結ぶ何かが、確かに変わった瞬間だった。











秋山さんがこう悶々としてるとことか想像したら
嬉しくなりませんか?私だけ?
やっぱり普段から下な事が似合わないからこそ知りたいというか。
ドキドキしてる秋直二人が可愛いですよね。
(心の)受け入れ準備は完了してるのになかなか進まない二人の起爆剤は
ラッキースケベなんではないかと思ったりさえするのですが、
それでさえ、この秋山さんは紳士…!
そんなとこもたまらないですね。

ありがとうございました〜〜〜!!!

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